☆新大久保商店街の歴史☆

 JR山手線新大久保駅から明治通りまで、東西約600mの大久保通りぞいの商店街で約150店舗が振興組合に加盟しています。

●大久保の地名の起こりは古く、1520年頃までさかのぼることができるそうです。

●江戸時代、この地域はキツネやタヌキが住む広い原野と田園で、その中に下級武士の組屋敷が広がるのどかな村であったそうです。百人担(百人町鉄砲隊)の諸志は勤番のかたわら副業としてつつじを培養、江戸から明治にかけ大久保は「つつじの里」といわれる名所となりました。

●明治になると、戸山ケ原に軍関係の施設が多く建設され、大久保、百人町には軍人が多く住むようになります。
陸海軍の将官も30名近く住んでいました。

●大正末期の頃、現在の振興組合の前身である「商友会」という商店街が誕生しました。
その後道路拡張とともに「大盛会」と名前を改め、商店街はどんどん発展していきました。

●しかし、昭和20年の大空襲でこの町は一面焼け野原になってしまいました。
大久保通りから伊勢丹まで見渡すことができたそうですからひどい状況だったのでしょう。
戦後、商店主たちは立ち上がり、めざましい復興と変化をすることになります。

●昭和22年、街を明るくしようと「商光会」が発足し、街灯建設をはじめ、新しい商店街づくりが始まります。店舗はバラック建てばかりでした。

●昭和28〜9年頃には、物資が豊富に出回るようになり、新築、改築された2階建ての店舗が多くなりました。
商店街は活発な活動を開始します。昭和23年から始められた中元歳末福引大売り出しは、毎年実施され大変好評で、平成初期まで続きました。
昭和52年10月には第一回大久保まつりが実施されます。昭和57年よりは毎年大久保通りを道路開放にして、さまざまなイベントを行い、人気を呼んでいます。

●昭和63年新大久保商店街振興組合を設立、昭和50年頃から始まったビル建設とともに、電柱の地中化、水銀灯の付け替え、歩道のカラー舗装工事が実施され、街の外観は美しく変化してきました。

●平成10年、新大久保駅ガード下大壁画ペイントの完成とともに、「天使のすむまち大久保」の愛称が生まれました。

●街は大きく変化しています。大久保通りは韓国をはじめアジア系の人々が多く、アジアの飲食店や物販店も多く出店しています。通りにはさまざまな国の言葉が飛び交い、エネルギッシュに日々変化を重ねております。


☆新大久保商店街のイベント☆

●エンジェルカード 年3回(7月、12月、3月)、抽選で豪華賞品が当たるANGEL CARD(スタンプカード)実施中

●大久保まつり 10月体育の日 

●12月初旬 X’masイルミネーション


☆戦前から昭和44年までのスナップ写真を公開します☆

昭和52年、当時の役員さん達が商光会30周年を記念して戦前からの写真を集めスライドにまとめました。
その中の一部です。
店構え、街並み、服装、車、街灯などお楽しみ下さい。

戦前から昭和52年までのスナップ73枚を、「商光会の歩み」としてナレーションもつけ、25分のDVDにまとめました。
ご覧になりたい方は、大久保リンク問合せまたは新大久保商店街事業部まで。

資料をご提供下さい
商店街では平成20年、新大久保商店街振興組合20周年に向け、新たな歴史の記録制作を予定しています。
戦前より現在に至るまでの、新大久保の歴史を想わせる写真、ビデオ等を収集中です。

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